「夜の散歩をしないかね」忌野清志郎さんのついたうれしい嘘

夜の歩道 歩く

夜の散歩は、ほんの少しだけ冒険の匂いがします。日常の中の普通の行為でありながら、微妙に非日常的な雰囲気があり、“散歩でもしようか”と思い立った瞬間から、ちょっとした“ハレ”の気分になるからです。

正確に数えたわけではありませんが、おそらくここの10年ほどは昼の散歩10回に対して、夜の散歩は1回にも満たない割合でしょう。昔はよく夜の散歩をしたものですが、老人化が進み、早寝早起きとなったため、夜の散歩はめっきり減りました

夜の散歩で困ること

夜の散歩が減った理由は早寝早起き以外にもあります。不審人物扱いされるのではないかという懸念です。自意識過剰と思われるかも知れませんが、住んでいる場所が住宅街なので、初老の男がひとりで歩いているだけで十分怪しいのです。昼の時間帯に歩いていても怪しいのですが、夜だと怪しさが倍増、いや、倍々増くらいになります。

たまたま暗い夜道を歩いていて、女性がひとりで数メートル先を歩いていると、困ってしまいます。基本的に歩くのは早いほうなので、普通に歩いていたら自然に抜き去ることになるのですが、接近および追い越しの瞬間、相手に不安感を与える可能性もあり、気配りや工夫が必要になります。これがかなり難しいのです。選択肢は3つあります。

①速度を上げて、追いつきそうになったら、車道に出て大回りして一気に抜き去る。

②立ち止まったり、速度を落としたりして、相手との距離を十分あける。

③すみやかに次の角で曲がって、違う道を行く。

この3つの選択肢、その時々のシチュエーション、道の様子などによって使い分けています。道幅が広く、照明設備のあり、暗い夜道でなければ①、どうしてもここを歩きたいというこだわりがなければ③、無難なのが②ということになるのですが、相手の歩く速度が予想以上に遅い場合は②も苦労します。立ち止まってスマホを見たり、無駄に速度を遅くすると、ますます怪しくなりかねません

いっそのこと、歌でも歌って、「怪しい者ではありません」アピールをするのがいいのかもしれませんが、歌は決して上手いとは言えず、さらに怪しくなってしまうかもしれないですし、近所迷惑になりそうです。

そんな気苦労もありますが、夜の散歩はやはり格別です。歩きながら歌を歌うことはありませんが、静けさゆえか、お気に入りの曲がループして脳内で流れることがあります。「夜の散歩をしないかね」もそんな曲のひとつです。

「夜の散歩をしないかね」は夜の散歩の脳内テーマ曲

「夜の散歩をしないかね」は1976年にリリースされたRCサクセションの3rdアルバム『シングル・マン』に収録されている曲です。リリース時に筆者は大学生でしたが、この作品をリアル・タイムでは聴いていません。RCサクセションを好きになったのは80年リリースのライブ・レコーディング・アルバム『RHAPSODY』を聴いてからです。のちに遡って、『シングル・マン』を聴き、「スローバラード」「甲州街道はもう秋なのさ」「ヒッピーに捧ぐ」「うわの空」などなど、名曲だらけであることに驚いた記憶があります。

名曲ぞろいのこのアルバムの中でも「夜の散歩をしないかね」は特に好きな曲です。まず歌声が素晴らしい。こんなにソウルフルでピュアでスィートなラブソングを歌える人はそうはいないでしょう。恋人の住む家の近くまで来て、外から窓越しに夜の散歩に誘う。そんなシチュエーションが描かれているのですが、夜の散歩の持っている密やかさや甘美さなどまでもが伝わってきます。

初めて実物に会った日

4月2日は清志郎さんの69回目の誕生日です。旅立ってからもすでに11年近くですが、今もなお影響を与え続けてくれている清志郎さんのことを文章にしたいと思っていたので、ここに記します。

ライブ会場の客席からではなく、清志郎さんと至近距離で初めて接したのは1982年の1月でした。大学卒業後、小学館という出版社に入社してプチセブンという女子中高生向けの雑誌の編集部に配属されて、雑誌の取材でお会いしたのです。

編集部に配属されてからはRCセクセションの企画を出し続け、当時の所属事務所にも取材のオファーをし続けたのですが、女子高生向きの雑誌にRCサクセションの取材が簡単に出るわけがありません。半年近くたった時に、思わぬ形で取材が実現しました。筆者の出した企画が通ったのではなく、突然、取材がふってわいたのです。

清志郎さんと坂本龍一さんとのコラボレーションシングル「いけないルージュマジック」発表のタイミングで、宣伝の一環で取材が出たのです。資生堂のCMソングになっていたので、おそらく広告代理店が絡み、取材が成立したのでしょう。

シングルの制作発表の記者会見が行われたのは82年2月5日、当時の東京ヒルトンホテルでした。取材はその発表に先駆けて1月27日に行われました。当時の取材ノートには六本木アートセンター第2スタジオ、9:30~11:00とあります。なぜこんなに早い時間の取材だったかというと、人通りの少ない午前中の六本木交差点で撮影したいという希望を出していたからです。おそらく当時、たくさんの取材を受けたはずなので、午前中から夜までぎっちり取材が詰まっていたに違いありません。

その一発目の取材でした。先に坂本龍一さんがひとりで現れました。小脇に現代思想(青土社で出されていた哲学と思想の専門雑誌)を抱えていたのを覚えています。“教授”というあだ名どおりの知的な雰囲気が漂っていました。清志郎さんもまもなくしてやってきて、「やあやあ」と坂本龍一さんに挨拶していました。一見、まったく接点のなさそうな二人ですが、坂本さんが清志郎さんに曲をオファーするなど、音楽的な交流もそれなりにあり、互いに認め合う存在だったのです。

その日の取材は編集者としての関わりだったので、お二人に記事内容や撮影の段取りを説明しました。「いけないルージュマジック」に引っかけて、二人はデキており、“いけない生活”を送っていて、決定的瞬間を写真雑誌にスクープされてしまったという設定の企画で、パジャマ姿で六本木交差点の真ん中で撮影するというものでした。

今考えても、冷や汗が出そうな幼稚かつムチャクチャな企画でしたが、説明すると、「ふーん」とか「ほお」とかいった反応が返ってくるぐらいで、二人とも嫌がるでもなく、かといっておもしろがるでもなく、淡々と撮影にのぞんでくれました。内心は“やれやれ”という感じだったに違いありませんが、コラボレーションを決めた時点で、それぞれ付随するもろもろも受け入れると納得していたのでしょう。

その時の清志郎さんの印象は“普通に浮世離れしている”というものでした。オーラがあるとか、カリスマ性があるとか、そんな“圧”はいっさいなく、ふわっと存在していました。“普通に”と表現したのは、だからといって、仙人みたいになっているわけでもなかったからです。ただ、音楽以外のことはほとんどこだわりがないんだろうな、どうでもいいんだろうなという印象を受けました。投げやりというのとも違って、関心のないことは関心がない、ただそれだけという感じ。

シンプルでフラットで浮世離れした雰囲気は自分がイメージしていた“忌野清志郎像”ともマッチするものでした。その時はほとんど会話をしてませんが、実物の“忌野清志郎”に接して、音楽だけでなく、人間性もすっかり好きになってしまいました。

だまされてうれしい嘘があると教えてくれた

その後もしつこく取材のオファーを出し続けて、何度かRCサクセションの取材する機会を得ることができ、インタビューも自分で担当しました。ほとんどは清志郎さんの単独インタビューだったのですが、最初のRCサクセションの取材の時は清志郎さんとチャボさんのお二人への取材でした。

その当時、ジャニーズ事務所をのたのきんトリオが大人気で、プチセブンでもたのきん関連の記事がアンケートの上位を独占する状況でした。“たのきんファンにもRCサクセションの魅力を知ってもらいたいのです”と前置きして、バンド名の由来という初歩的な質問をしたのです。当時はWikipediaもなく、ググることもできず、“ある日作成しようと思い立ったから、RCサクセションにした”という説が有力でした。取材時に清志郎さんはニコニコしながら、こう説明してくれました。

バンド名を何にするか考えて、いいのが思い付かなくて、そのまま寝てしまい、ワニが川からあがってくる夢を見た。そのワニは赤かった。そのうち、赤いワニが次から次へと岸に上がってきた。その夢からバンド名をつけた。赤いワニがゾロゾロ、英語にすると、Red Crocodile Succession。頭2つの単語を頭文字にして、RCサクセションとなった。

筆者はすっかり信じ切って、いいエピソードを聞いたなあとうれしくなり、記事にして、その後、10年ほど信じたままでした。ところがある時、実際のRCサセクションのバンド名の由来が違うことが判明しました。

最初に結成したバンドがThe Cloversで、その後、解散・再結成を繰り返して、Cloversの残ったメンバーで続行、すなわちRemain of clovers successionとなり、RCサクセションになったことを知ったのです。

つまり真っ赤なワニの真っ赤な嘘でした。きっと当時、バカなインタビュアーをからかってやれくらいの軽い気持ちだったのでしょう。でも嘘をつかれたとわかっても、なぜかイヤな気持ちになりませんでした。むしろ自慢したいくらいで、うれしい嘘があることを清志郎さんが教えてくれたのです。

嘘つきだから、甘いメロディ知ってる

なぜ嘘をつかれたのにうれしいと感じたのか。理由は2つあります。

ひとつは清志郎さんの人間性によるところが大きいと思うのです。清志郎さんの作る歌の中には怒りがベースになった歌がたくさんあります。激しく糾弾したり、弾劾したり、批判したり。清志郎さんは時には敵意をむきだしにしてシャウトしています。でも敵意はあっても、悪意はまったく感じません。大切なものを守りたいがゆえの怒り、迫害・差別・偏見への憤り、裏切りへの悲しみがあのシャウトに変換されているからです。どの歌からも感じるのはマイノリティーの側に立つ姿勢であり、愛です。

清志郎さんの嘘も同じように、悪意はまったく感じません。他人を傷つけようような嘘ではないのです。まんまとしてやられちゃったな、騙されちゃったなって、拍手を送りたくなるような嘘なのです。

もうひとつは、嘘の素晴らしさです。清志郎さんの歌詞を書く才能は嘘にも遺憾なく発揮されています。赤いワニがゾロゾロって、かなりシュールな光景ではないでしょうか。清志郎さんの想像力と独創性と絵心とユーモア精神があればこそのアートな嘘と言いたくなります。嘘をつくときにはぜひ見習いたいものです。

RCサセクションのラブソングの名曲のひとつ、「エンジェル」という曲の中に“うそつきだから 甘いメロデイを知ってる”というフレーズがあります。清志郎さんの歌うラブソングが時にとてもスイートなのは、清志郎さんがとびっきりの嘘つきだからこそ、なのかもしれません。

小学館を10年弱で辞めた筆者は、ラッキーなことにフリーランスのライターとしても何度か清志郎さんのインタビューをする機会に恵まれました。

フリーランスになって最初の取材で挨拶すると、清志郎さんはまるで親戚のおにいさんみたいな柔らかな口調で、「おお、キミか。すっかり大きくなったなあ」と言ったのです。筆者はその言葉ですっかりうれしくなってしまいました。清志郎さんのことだから、かつて何度か取材した時のことなどすっかり忘れていて、テキトーに調子を合わせただけだったのかもしれません。

それでもいいのです。あの時の笑顔の清志郎さんを思い出すと、いつも胸の中が温かくなります。そして自分の中では、RCサクセションというバンド名の由来はずっとRed Crocodile Successionのままです。

コメント

  1. すばらしいお話しをありがとうございます。
    赤いワニの口。

    • ふくまんさん、感想、どうもありがとうございました。
      赤いワニって、清志郎さん、さすがのセンスですよね。
      散歩ブログですが、音楽についても書いていくので、よろしくお願いします。

  2. Facebookの清志郎ファンの方が紹介してたのでたどり着きました。
    嬉しくなるエピソードを読みやすい文章で楽しませてもらいました。
    やっぱりプロの記事は読んでて心地好いです。
    ありがとうございました。

    • サトウヒロミさん、感想、ありがとうございました。ブログを始めたばかりですが、週2回更新が目標です。散歩メインですが、音楽についても書く予定なので、良ければ、またのお越しを(店みたいな表現になってしまいましたが)。よろしくお願いします。