「散歩できる幸せ」そもそも散歩とは? そしてその魅力とは? 

青空のもとでの散歩道 歩く

「不要不急の外出は自粛するように」との要請が出て、散歩は? と心配になってしまいます。“不要不急”の最たるものが散歩と思われがちだからです。人生、何が起こるかわかりません。まさか自由気ままに散歩することすら、はばかられる時代がやってくるとは思ってもみませんでした。

人の少ない時間帯を選び、人との距離を2メートル以上あけて、スパイのようにひっそり歩き、人の多い時間帯は“読み書き”中心の生活を送ることにし、ブログなど開設しました。なんと、人生初ブログでございます。

散歩ブログを始めるにあたって、そもそも散歩とはなんなのか?という定義から始めます。ゆる~い散歩のブログなのに、いきなり理屈っぽい始まりになってしまって、申し訳ありません。

1.ぶらぶらという無目的性

当たり前ですが、通勤や通学の途中の歩行は散歩とは呼びません。明確な目的地を目指して歩くのではなく、あてもなく、ただぶらぶらと歩く。これこそが正しい散歩です。

郵便物をポストに投函しにいく行為は散歩とは言えませんが、せっかくだから、ついでにちょっとぶらぶらしてみようか、となったら、これはもう立派な散歩と言っていいでしょう。散歩とは無駄を楽しむことでもあります。

功利的でなく、合理的でなく、効率も良くなく、意味もなく、目的もなく、制約もない。ないないづくしの行為なのです。広辞苑では“散歩”という言葉はどう説明されているでしょうか?

   さん‐ぽ【散歩】
気晴らしや健康のために、ぶらぶら歩くこと。散策。(広辞苑 第七版)

このぶらぶらにこそ、散歩の本質があります。現代社会に生きていると、しなければならないことがいっぱいあります。仕事や学校、日々の生活のための雑務、わずらわしい人間関係などなど。人生の半分以上はTO DO LISTでできていると言っても、過言ではないでしょう。散歩はTO DOではありません。散歩はしなければならなことと真逆のところにあるものです。しなくていいことをする。それはなんと自由なことでしょう。

ぶらぶらラブラブです! 

あっ、すみません。昭和ど真ん中生まれなので、つい親父ギャグが出てしまいました。えーと、気を取り直してまいりましょう。

2.たまたまという偶然性

ぶらぶらととともに、散歩の醍醐味はたまたまです

たまたま普段は通らない道を歩いていて、名前も知らぬ花が綺麗に咲いていると、ちょっと得した気分になります。たまたまいつもとは違う角を曲がったら、いつのまにか新しいパン屋さんができていて、焼きたての匂いにつられて買って食べて美味しかったら、それだけでかなりテンションが上がります。家のすぐ近くのよく通る道でも、いつもとは違う角を曲がると、そこには未知の世界が広がっています。どんどん適当に歩いて、迷子になったとしても、Googleマップがあれば、心配はいりません

偶然を楽しむ。予定外、想定外の出会いがある。ここにも散歩の醍醐味があります。一期一会ならぬ一歩一会と、新たに四字熟語を作りたくなります。

3.ゆるゆるという開放感

さて、ところでさんざん“散歩”という文字をかいてきましたが、 “散歩” の “散” とは何をさしているのでしょうか?  もともと“散歩”は中国の三国時代から唐の時代のある習慣から生まれた言葉なのです。 と、Google先生がおっしゃっていました

当時の富裕層の間で、5種類の鉱物をつぶしてまぜて作られた五石散という高価な漢方薬が流行ったおり、その五石散を飲むと、体が熱くなり、発熱する副作用があったと言います。その熱さをも軽減するためには歩き回る必要があり、その行為を、“五石散”の“散”を使って “行散” と呼び、そこから“散歩”という言葉が生まれたのだと言います。つまり語源はまったくのどかなものではありません。

先ほど、散歩の魅力はぶらぶらたまたまと書きました。もうひとつ、あげるならば、それはゆるゆるです。ぶらぶら、たまたま、ゆるゆるが散歩の三大醍醐味です。ゆるゆるとは精神がリラックスした状態、そして五感が開放された状態にも通じます。

「散歩中にメロディや歌詞が浮かぶことが多い」と語っているミュージシャンがたくさんいます。歩いていて、突然、天から降りてきて、あわててスマホの録音機能に吹き込んだ、という話を聞いたこともあります。

まだ携帯電話が一般的でなかった時代の話ですが、突然、メロディと歌詞が同時に出てきて、あわてて電話ボックスに駆け込み、自宅に電話して、受話器を持ったまま歌って、留守電に吹き込んだというエピソードを聞いたこともあります。電話ボックスというところに時代を感じますが、ゆるゆるは創作の源にもなっているのです。どんなに時代が変わり技術が進歩しても、散歩の魅力は変わりません。おそらく二足歩行を始めた瞬間に、飛躍的に視界と行動半径が広がり、人類は散歩の楽しさを知ったのではないでしょうか。

二足歩行とはすなわち、二本の手を解放することです。手を振り子のようにぶらぶらと振るだけで、なんだか気持ちが高揚してきます。どこか知らないところへと向かいたくなります。これが散歩の起源です。いや、多分……。

ぶらぶら、たまたま、ゆるゆる

そんな魅力あふれる散歩について、つらつらと綴っていきます。

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